将来の夢はと聞かれたら

 ハッ、いけない。また猫に囲まれながらこたつで寝てしまっていた。
 こたつに入ってだらだらとしていると寝るつもりがなくても眠りの世界へ誘われる。なのに準備万端、さぁ寝るぞと布団に入ると、眠くても寝れないことが多い。なんでだろう。緊張しているのかな。何に?……布団に?あれはただのワタの塊ぞ(羽毛じゃない)。
 もう15年はうまく睡眠がとれないでいる。特に最近は「どんなに日中動いて疲れきって眠りについても、3時間以上続けて寝られない」という症状が顕著で、まあ目が覚めてしまったらそこからまた寝ればいいのだけれど、やはり日中に眠気や疲れをひきずってしまいがち。困ったもんである。
 はてさて、ブログ2記事目にしてネタに困った私は、何かヒントになるかもと思って質問日記というアプリをインストールしてみた。
 このアプリは、1日1つだけ質問が表示される。それに答えても答えなくてもいい。そして1年後に、全く同じ質問とそれに対する1年前の自分の答えが表示される。同じ問いに対する自分の答えは1年という時を経て、どう変わっているのか、はたまた変わっていないのか。なかなか面白いアプリだと思う。そのアプリに私は今日「将来の夢はなんですか?」と質問された。
 将来の夢。同じ質問を幼稚園生や小学校低学年の時にされた時は、すごーくぼんやり「おとな」になった時になっていたい職業を答えるものだと思って、幼稚園の先生だとか、漫画家だとか声優、コピーライターとか適当に答えていた。たぶんその時は聞いている方の人も、そんなにちゃんとした答えを求めていた訳ではないだろう。
 じゃあ、今の私が将来の夢はと聞かれたら?それも質問の発端はアプリだけど、これはもう自分が自分自身に対して問うに近い。今の私の、将来の夢。
 そもそも31歳の私の将来っていつだろう。なんとなーく、60歳ぐらい……?と思ってみたけど、しっくりイメージが湧かない。そりゃそうかもしれない。15歳の時、20歳になった自分を全く想像できなかった私なのに、30歳になったからってばびゅーんと30年も先の事をイメージするなんて無理。
 将来という言葉で検索してみた。「これからやって来ようとしている時。近い未来。前途。」と出てきた。なるほど。あ、じゃあ、今から1分後とか1時間後とか、明日も将来の範疇ではあるんだ。
 1分後は、まだこのブログ打ってるとして。1時間後は、シャワー浴び終わって髪の毛乾かしてたい。けど気が変わって別のことやってるかも。明日は……仕事に行けたらいいけど、どうだろうなー。って私、1時間後の自分の事も正確には分からないんだね。
 夢っていうからには、ポジティブにイメージした実現したいことを指すんだと思う。って今まっさきにお金のこと考えちゃった。60歳の時に積み立ててる貯金がいくらになるか計算しちゃった。
 じゃなくて、真面目に言うと私は好きな人と暮らしてたいよ。自分と好きな人とで家庭をつくるのが夢。その夢が実現した時に自分が実際幸せになってるかは実現してみないと分からないけど、その夢が叶うと幸せになれる、と信じて目の前の毎日頑張って生きようかという試みよ。
 私にとっては夢っていうのは生きる上での希望なんだね。希望を持てる状態にあるというのは幸せなことだよね。あれ、じゃあ私もう幸せなんじゃないの。それなのに幸せと感じられてなくて、幸せになりたいと思ってるんだね。それは不幸なことだ。あれ、あれ……なんかぐるぐるしてきたぞ。
 こりゃあ幸せについてもちゃんと考えてみないといけないかもしれない。でもそろそろ頭がボーッとしたーいと訴えてるので、またいつか。


まゆ

ブログはじめました。

 今日は体調的に胸が悪かったりだるかったりで、お家のことを少ししたぐらい、家からも出なかった。私の1日の充実バロメーターは外出した日を高く測定しがちなので、こういう日は総じて「なんだか何もできなかったなぁ。1日無駄に過ごしちゃったなぁ」と思ってしまう。
 だから今日は最近つけはじめた3年日記に「こんな日はなんて書いたらいいんだろう」と思って、なかなか手が伸びなかった。
 でもさっき渋々開いたページ、すっかり内容は忘れてた前日の欄。いつも1日分6行を埋めることを目標に書いていたのに、4行しか書けていない。内容はというと、その日にできたことを1つずつ挙げて「いろんなことできてる。そんなにへこむことないよ。ちょっとずつ調子良くなってくよー」と自分を励ましている。やっとのことで書いたみたいなへにゃへにゃの字で。
 昨日の私はしんどかったらしい、どうやら。今も楽ではないけど、ここまでだらだら文章を打てているから、4行震えながらしぼり出した昨日の私のほうが、きっとずっとしんどい。でもさっきまでの私は昨日の私のしんどさを忘れていた。その事実に気づいた。
 たぶん昨日のその時はその時で、わりとつらくてもうアカン状態だったと思うのだ。でも1日経ったら忘れてしまっていた。今日には今日のそれなりのしんどさがあったからなのか、人間とはそういうふうにできているのか、私がひたすら忘れっぽいだけなのか定かではないけど、忘れてしまっていた。
 昨日の私、ごめんなさい。薄情だよね。でも私、あなたに救われた。あなたが書き残してくれた4行に、あなたの苦しみを見て、それを忘れてる自分に気づいて、今のこのしんどさも明日には忘れてるんだなって、柄にもなくポジティブっぽいことを考えているよ。
 そう、きっと忘れてしまってる。それがめちゃくちゃハッピーな事が起こって憂鬱を全消しする勢いで吹き飛ばしてくれるからなのか、トラウマ級の地獄みたいな出来事が起こって体調わり~とか言ってられなくなるからなのかは、分からないけど。今は過ぎて薄れていく。たぶん忘れたくない最高にうれしい事もそうなんだろうな。昨日の私がしんどいと残しておかなければ、そんな事にも気づかなかった。
 という訳で、日記を書く私なりの意味が少し見えた気がする。ブログを始めてみることにした。できれば小さな石ころにも七転八倒しながら、その中にぽつぽつ宝石みたいにうれしいが散りばめられた私だけの記録になるといい。


ブログを書くことをすすめてくれたMちゃんに感謝します。

まゆ